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港区の坂(9) 〜 三田方面 【11坂】
各坂道の位置はこちら → 地図
日向坂 (ひゅうがざか) |
【標識(港区設置)の説明】 江戸時代前期、南側に徳山藩毛利日向守の屋敷があった。袖振坂ともいった。由来は不明である。誤ってひなた坂とも呼んだ。 坂下(写真手前)は二の橋。坂上右側はオーストラリア大使館です。上を走っているのは首都高速道路目黒線です。 → 日向坂のページへ |
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神明坂 (しんめいざか) |
【標識(港区設置)の説明】 天祖神社を元神明というところから神明坂と呼んだ。馬場坂という説もあるが綱の手引坂との混同があるらしい。 天祖神社が坂下にあります。 → 神明坂のページへ |
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綱の手引坂 (つなのてびきざか) |
【標識(港区設置)の説明】 平安時代の勇士源頼光の四天王の一人渡辺綱にまつわる名称である。姥坂(うばざか)とも呼んだが、馬場坂との説もある。 → 綱の手引坂のページへ |
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綱坂 (つなざか) |
【標識(港区設置)の説明】 羅生門の鬼退治で有名な平安時代の武士渡辺綱(わたなべのつな)が付近に生まれたという伝説による。 → 綱坂のページへ |
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安全寺坂 (あんぜんじざか) |
【標識(港区設置)の説明】 坂の西に江戸時代はじめ安全寺があった。誤って安珍坂、安楽寺坂、安泉寺坂などとも書かれたことがあった。 → 安全寺坂のページへ |
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潮見坂 (しおみざか) |
【標識(港区設置)の説明】 坂上から芝浦の海辺一帯を見渡し、潮の干満を知ることができたためこの名がつけられた。 → 潮見坂のページへ |
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聖坂 (ひじりざか) |
【標識(港区設置)の説明】 古代中世の通行路で商人を兼ねた高野山の僧(高野聖)が開き、その宿所であったためという。竹芝の坂と呼んだという説もある。 → 聖坂のページへ |
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蛇坂 (へびざか) |
【標識(港区設置)の説明】 付近の藪から蛇が出ることがあったためと想像されている。 → 蛇坂のページへ |
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幽霊坂 (ゆうれいざか) |
【標識(港区設置)の説明】 坂の両側に寺院が並び、ものさびしい坂であるためこの名がついたらしいが、有礼坂の説もある。幽霊坂は東京中に多く7か所ほどもある。 → 幽霊坂のページへ |
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伊皿子坂 (いさらござか) |
【標識(港区設置)の説明】 明国人伊皿子(いんべいす)が住んでいたと伝えるが、ほかに大仏(おさらぎ)のなまりとも、いいさらふ(意味不明)の変化ともいう。 → 伊皿子坂のページへ |
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魚籃坂 (ぎょらんざか) |
【標識(港区設置)の説明】 坂の中腹に魚籃観音を安置した寺があるため名づけられた。 魚籃観音は写真の坂の左側にあります。 → 魚籃坂のページへ |